このところ「世の中に役立つ仕事をしたい」「誰かのために」という声に出会うことが多くなったと感じるのは、私だけでしょうか?
いっけん素晴らしいことにも思えます。(実際、それはすばらしいです)
でも、哲楽家の視点で見てみると……ちょっと気になることがありました。
気になった方は、ぜひご一緒下さい。

役立たなければ意味はないの?~「自分」の答えはどう?
「世の中のために」「誰かのために」という言葉や「利他」の精神は、素晴らしい!でも、それが原点というのは……どうなのかな?
反対に「世の中のためにならない」「誰のためにもならない」って、本当にあるのかな?
そう思ってしまうのです。
「世の中のため・誰かのため」になるというのは、目指すものでも「ジャンル」でもなくて、きっと「結果」。
どんなものでも、心を込めて丁寧に積み重ねてきた「仕事」の先には、何かしら「世のため・誰かのため」になるのでは?
たとえ、自分が大好きで、みんなからあきれられながら追いかけてきた道であっても、その人しか知らない・出来ないことがあれば、いずれ助けられる人がいると思うのです。
それは、私自身が音楽の道を30年積み重ねてきて、考えるようになりました。
「カービングが好きで好きで……ただただ続けてきた」職人さんのバッグやお財布も、同じでした。
決して「世の中のために」「誰かのために」といった言葉はないのですが、使って下さった方々からは「癒されています」「元気が出ます」「転機が起こりました!」という言葉を頂きます。
「自分のために」をとことん極めていれば、自然にその先に「世のため・誰かのため」になる時がくる。
スタート時点から「世のため・誰かのため」になろうと思わなくても、力がついてくれば勝手に「誰かのため」になることがある。
技術と人生のキャリアを重ねてきた今、そういうことなのかも、と思っています。
まずは「自分がしあわせになる」。
世の中のため・誰かのためを思うやさしい人にとって、これって案外むずかしかったりします。
かくいう私が、まさにそうでした。
だからこそ、今も自分への問いの定番のひとつです。
「そしてあなたは……何がしたいの?」
あした、転機になぁれ!
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